ヨモツヘグイニナ通信20250331
お久しぶりです。怒涛のような三月でしたが、昨日でそれも一区切りつく……と同時に、明日から四月のつたゐです。
ということで、3月1日~4日までの東京・高尾山行ってきたよ~っていう話とかしようかなと思います。ほんとはZINE的なコピー本にしようと思っていたんですけど、なかなか時間が取れなくて、せっかくなのでここでしゃべろうかな、と。
長くなるので、お知らせを先に入れておきます。
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・4月12日(土)、ZINEフェス名古屋に出ます。
吹上ホールで開催だそうです。新刊は『曠野、碧落を負いてゆけ』という鳥のSF短編集。新作は1篇、残りは再録です。ほかに、『浜辺の村でだれかと暮らせば』の新装版もあります。新刊の予約はBASEで現在受付中。
・SFメディアVGプラスさんのワークショップ「地方の表象を考える」にお招きいただきました。4月22日19:00~。「地方」を描くことについて、話したり考えたりできたらいいなと思っています!チケットには、『浜辺の村でだれかと暮らせば』とセットになっているものもあります。ぜひどうぞ。
お知らせは以上です。以下は八丈島日記。メールの長さ制限が近づいてるって警句がでたの、初めてだな…。
八丈島に行ってきた
計画について。
アカコッコが見たかった。アカコッコ、というのは日本固有種で伊豆諸島の三宅島・八丈島に住む大型ツグミ類だ。行動はシロハラやアカハラによく似ていて、形状ももちろん似ている。オスは頭が真っ黒で黄色いアイリングがある、胴体はオレンジ色。メスは頭部は黒くなく、オリーブ色。胴体はオスと同色だ。写真を見るととにかくかわいいのだが、何より名前がかわいい。「アカコッコ」って、もうそれだけでかわいくないですか?
さらに、オキノタユウという鳥も見たかった。『消えゆくものたち: 超稀少動物の生』(ダイアン・アッカーマン)という書物を読み、人類が滅ぼしかけたがゆえにそれらの生物をこの目で見る(言祝ぐ)ということが必要なのだ、と書かれていた。オキノタユウ――つまり「アホウドリ」と呼ばれる海鳥は、人類の虐殺によって一度は絶滅宣言が出された鳥だ。鳥類学者の長谷川博先生や、山階鳥類研究所の努力により、その個体数はずいぶん回復してきているが……、東京から出港する船上で見ることができるらしい。
この二種の鳥を求めて、三宅島に行こうと三年前から計画していた。文学フリマ東京とあわせて、という日程に融通が利かないものだったため、天候によって幾度も頓挫していた。
そんなある日のことである。母親が、「八丈島に行きたい」と言い出してきた。なんでも「クジラを見ながら足湯ができる」というのをテレビで見て、それをしたいとのことである。母親は趣味が登山で、八丈島には山が二つある。山にも上りたい、と。
クジラを見るとなると12月~3月がベストシーズンだ。オキノタユウの繁殖が3月ころのスタートで……、気づいたら予約を取っていた。
羽田~八丈島は飛行機も出ていたが、クジラを見る&オキノタユウの観察となると、船に乗る必要がある。ついに憧れの橘丸に乗ることに…。
出発(3月1日)
橘丸は夜行船だ。22時ころに東京・竹芝ターミナルを出発し、翌朝9時に八丈島に到着する。
午前中は母がずっと行きたいと言っていた高尾山へ行くことにした。わたしは山に関しては鳥がいる場合のみ仕方なく登るようにしている。なるべく登山はしたくなかったが、高尾山は大好きな漫画『私と夫と夫の彼氏』で、主人公の美咲さんが大地さんとハイキングにいく場所でもあったので、行きたいと思っていた。しかし体力がないのでケーブルカーで上りました。
――が、この日……東京の杉花粉飛散量がとんでもないことになっていた。東京駅→高尾山口への移動はよかったのだが、ケーブルカーを降りたあたりから目と鼻がおかしい。美咲さんと大地さんが渡った吊り橋だけは絶対わたるぞ……! と、ほとんど鼻から脳みそが出てるんじゃないかというくらいの勢いで出てくる鼻水と闘いながら歩いた。ちなみに、母親は健脚なのでわたしが呼吸困難に陥りながら歩いているのなど全く気にせずずんずん先に進んでいく。
と、ピコン、とスマホに着信が。
ANAからだ。曰く『お前が明後日乗る予定の飛行機、たぶんあかんから午前の便に変えとき』
は????????????
天気は……よかったはず……。天気予報的には……大丈夫、だった、はず……島の天気は変わりやすい、ということなのか?
美咲さんと大地さんがドキドキしながら渡った吊り橋の目の前で、そんなこと言われても……? スマホを見ながら吊り橋を渡ってしまい、ほぼ記憶がない。しかも親は全く気にする様子もなくさっさとすすんでいく……ので、でかい声で呼び止める。このとき、肺いっぱいに花粉を含む空気を吸い込んでしまったため、喉の様子がおかしくなる。鼻はもはやナイアガラの滝である。
わたし「飛行機がやばいかもって、どうする」
母「どうするっていわれても、お母さんにはどうにもできやんし……。山に登ってきます」
一緒に考えないのか!!!!
いや、知ってたけど!スケジュール全部丸投げされたときから知ってたけど!!!
吊り橋を渡り切ったあたりから電波も心もとなくなってきていたので、とにかく引き返すことに。どうしよう、どうしよう、という気持ちで吊り橋を戻ったので、ふたたび感動がない……。
落ち着けるところを探して、ベンチを見つけたのでそこに座って鼻水と涙と喉の痛みに耐えながら、ホテルに電話をしたり、レンタカー屋に電話したりして情報収集、ANAのアドバイス通りに飛行機を午前の便に変更し、わたしも高尾山のお寺くらいはお参りするぞー! と勢いよくベンチを立ち上がり歩き始めると……ん?
高尾山にはお寺がある。天狗さまを祀っているのか、天狗さまのグッズなども売っているし、像もある、そして、お寺があるということは、敬虔な信者さんたちからの寄進もある。高尾山の場合、その寄進は、なんと……「杉」、であった。
しかもその規模が、1本や2本という数ではないのである。1000本。最低単位が1000本。その下にずらりと並ぶ10人どころではない氏名。10人で10000本だろ……? 百人いたら……アッ、杉3000本なんてのもある……3人で約10000本?! この人数?! いったい何万本の杉が……この山に……。
鼻水と涙が増えた……気がする。プラセボ効果の最悪なやつが発揮されたのでは?
とにかく花粉症の薬と目薬、龍角散のど飴でごまかしつつ、お参りを済ませ、母とも合流し……母は「きのこ汁が有名なので、飛行機の手配をしたのならおごって進ぜよう」みたいなことを言ってきたのだが、もう無理。今すぐ下山しかわたしにはない。龍角散のど飴のせいで味もわからんし…。
きのこ汁はあきらめ、欲しかった天狗ちゃんグッズ(帰りに買おうと思っていた)もあきらめて高尾山を下山。――木曽駒ケ岳のロープウェイほどではないが、帰りのケーブルカーは並んでいた。天狗焼きも食べたかったな~。
東京駅で時間をつぶし、夕食を食べて竹芝ターミナルへ。この時にはもう花粉症の症状は、重篤な風邪、いやこれはもうインフルエンザだろうというくらいの状態である。船を待ちながら、いまわたしに必要なのは救急外来なのでは…? などと不穏なことも考えるほど。ターミナルの中に自販機があり、『ヤクルト1000』を見つけるので即購入。服用。
ようやく乗船。母がゲストハウス的なものを無理だというので、特一等の部屋。二人だけの貸し切り。
3月2日船
三宅島に到着するころ起床。カメラと双眼鏡を持ってデッキへ。昨日までのインフルエンザかコロナかというほどの激甚な症状は鳴りを潜め、めちゃくちゃ元気である。やっぱり花粉が原因か。東京から300キロ離れた洋上には、杉花粉は飛んでくることはできなかったようだ。ちなみに母は船酔いなのか花粉症なのかわからないが体調不良だとぐずっており起きだすことができない。
日の出前だというのに甲板には人が結構出ている。みんなカメラと双眼鏡を持っていて、バードウォッチャーであることはわかる。わたしが一番遅かったくらい。うーん、出遅れたな~、と思いながら海を見る。伊良湖と漁船で船から鳥を見るのにはかなり慣れているつもりだったが、これがまたむずかしい。今回、目当てにしているのがオキノタユウということもあり、見たことがないのである。知らない鳥をどう探すかというと、まったくわからない。ちょろちょろ海鳥は飛んでいるのだが、海鳥は海面すれすれをすべるように飛ぶ。それに、その速度は一瞬なのだ。
写真を撮るどころか、双眼鏡に収めるのだって難しい。しかも今回、持病の関節痛が最悪で、レンズも100-400の小さいものを持ってきてしまっていた。無理して重たいのを持って行って、痛くて使えないのが一番いやだと思ったのだが、――海鳥相手にこんなものが通用するはずもなく、全く何も写らない。
あー、やっちゃった~、と思いながら、それでもここまで来たのだから姿だけでも見たい。しかしどの鳥も遠くて、伊良湖を飛び交っているミズナギドリとのちがいがわからない。再三言うが、オキノタユウを見たことがない。
ほかの人たちはといえば、装備が最低白い100-500って感じ。双眼鏡も倍率が高そうだし、あと、とにかく慣れてる。さっさと見つけてさっさと撮ってる。うーん。
まあでもこっちはこっちのペースで…と思っていたら、「アルバトロス」という声が聞こえた。
アルバトロス! アホウドリの英名である。この洋上のどこかを、飛んでいるのだ。必死になって探しながら、「あの人は「アホウドリ」ではなく「アルバトロス」と言った」と思う。アホウドリとは、天敵のいない島で逃げることを知らなかったこの鳥を愚かと揶揄して人類がつけた名である。なるほど、あのひとは、その名でこの鳥を呼ばなかった。それは大きな感動だった。
遠い遠いところで、一羽だけ、見たことのない動きをしている鳥がいた。海面から垂直に飛び上がり、また垂直に降りる。ミズナギドリの、ひらひらと波をかいくぐるような飛び方ではなくて、カツオドリによく似ている飛びかた。あれがそうかもしれない。そうだといい。写真は撮れなかった。遠いところだったから、それがオキノタユウかどうかもわからなかった。
八丈島が近づいてきて、下船の準備をせよと船内放送が入る。デッキのバードウォッチャーがみんないなくなり、わたしもいちど部屋に戻る。なんとか母が起きだしてきていたので、荷物をまとめてデッキへ連れて行ってみると、「八丈流人」と書いたシャツを着たおじさんがいた。
「クジラがいる。あっちだ」とおじさんは言う。指さした先で、巨大な体が水面からにゅっと生えてきて、バタンと倒れた。水しぶき。
クジラだった。
ブリーチングを二、三度しただろうか。八丈島ももう間近。クジラには別れを告げ、上陸の時間だ。
3月2日島
船を降りてレンタカーを借りる。午後からは雨との予報に変わっていたため、まずビジターセンターで情報収集をしたのち、八丈富士へ向かう。八丈富士は鳥がいないと聞いていたが、母がどうしても八丈富士だけは登りたいと言ってきかなかった。八丈富士から鳥がいるという沢がある場所までは車で45分、八丈富士の登下山には二時間かかるらしい。二時間後に戻って来いと言われて「何言ってるんだ!」と腹が立つ。しかし争っても仕方がないので、母を置いて車でよさそうなところを散策することに。ビジターセンターの人によると、アカコッコが見たいのであれば、鳥がたくさんいる沢のほうまで行かなくてもよい(タネコマドリやオーストンヤマガラは沢のほうにいるらしい)、民家の近くなどでも普通に出てくるし、行動がシロハラやアカハラに似ているとのこと。シロハラやアカハラがいそうなところはなんとなくわかるので、車で走って探すことに。しかしなかなか見つからない。あと、めちゃくちゃ暑い。人がいないのをいいことに、広場でさっさとTシャツ一枚に着替えた――ら、家族連れが歩いてきてびっくりした。
シロハラが好きそうな場所を見つけたので、徒歩で歩く。案の定、下草や落ち葉をガサガサやっている音が聞こえる。いるな、と思ったら、きれいなさえずり声もする。おそらくオスが縄張りを主張して鳴いている。うまいこと出てきてくれないかな、と気配を殺しながら待っていたが、遠ざかっていくし、なによりうっそうと木々が茂る崖の下だ。姿を現しても、双眼鏡で見ることすらできないかもしれない。
ほかにもよさそうな場所を見つけては車を降りて、何の気配も感じられないこともあったし、ガサガサやってる音が聞こえたりもした。だがどれも、姿は見えず。せめてさえずりだけでも録音したかった…と思いながら八丈富士に戻る。
母はまだ下山してきておらず、ミソサザイの声がしきりに聞こえるのでわたしも登山道を歩いてみることに。八丈島にいるミソサザイはモスケミソサザイだ。これも固有種で、わたしが普段見ているミソサザイよりも色が濃いらしい。ミソサザイなら人のいるところに出てくる可能性もあるし、見られるかも……声がするのを粘り強く待っていたら、
チリン、チリン、チリリン
は??????????
鳴り響くクマベル!!!そして「おーい!」という聞き覚えのある声! ガサっというミソサザイが逃げる音!
母である。母が下山してきたのである。それもなぜか、クマのいないこの八丈島で、高らかにクマベルを鳴らして!!!!
なんでそんなことをするんだよ!!!!!!!鳥が逃げるだろ!!!!
八丈島にクマはいませんと、何度言い聞かせたことか……。はぁ……。
昼食を食べる。八丈レモンケーキと明日葉パスタ。おいしかった。溶岩が海に流れ出して固まったところにウミウがたくさん休んでいた。
雨が降り出した。行くところもないし、ビジターセンターへ行こうか、と車を走らせていたら、三島神社、という看板を見つけた。
「神社によりたい。お参りをしていきたい」と言って引き返す。さすがに午前中ほとんど母親のやりたいことをしたのだからそれくらいはいいだろうと思う。
三島神社は、海が見える崖のようなところにあった。
「お願いします、鳥を見せてください。お願いします」と祈る。
車に乗って、ビジターセンターへ向かうべく、道路へ出ようとすると。駐車場の茂みに何かいた。
「え、鳥……?」
鳥がいたのである。それも、黒い頭と、黄色いアイリング。オレンジ色の胴体。アカコッコが。
鳥がいたのである。
信心というのはするものである。そして、こんな風に即発揮されることも、あるらしい。三島神社さま、ありがとうございます。八丈島の神様。ありがとうございます。
ちょうど雨も止んでいて、暗くはあったが、餌を掘り起こし、ときどきさえずりながら、こっちへ向かって歩いてくる。こんなことが……こんなことがあっていいんだろうか。ふるえる手でカメラを操作したり、双眼鏡に持ち替えたり、アカコッコが茂みの奥に去るまで、良い時間を過ごす。
土砂降りの中、足湯にも行く。運がいいとクジラが見られるらしい。土砂降りで何も見えない。地元のこどもたちとおばあちゃんがやってきて、「今日はクジラは無理だねえ」といっている。少し話して(学校が2個あって、クラスメイトは多いらしい)お別れ。
八丈島ビジターセンターへ。キョンとトモシビタケを見る。売店でクロアシオキノタユウTシャツと手拭いを買う。手拭いは2枚。1枚は調査を手伝ってくれた野鳥の買の友達へのお土産に。
レンタカーを返し、ホテルへ。ホテルまで送って行ってくれたレンタカー屋のおじちゃんが、「八丈島にはアカコッコだけじゃなくてイソコッコもいるよ」と話してくれる。イソコッコってなんですか?と聞いたら、どうやらイソヒヨドリのことらしい。八丈島では、大型ツグミ類は「コッコ」なのかな。
ホテルにアカコッコとイソコッコの刺繍キーホルダーが売っていたので購入。アカコッコのはがきも買って、弟のこどもに手紙を書く。
3月3日
コジュケイの鳴き声に起こされる。東京から300キロ離れているというのに、ここにも移入されているのか(コジュケイは意図的に持ち込まれた種)。
朝食の会場へ行くと、「昨日、ビジターセンターにいましたよね」とスタッフさんに声をかけられる。ビジターセンターでTシャツを売ってくれたひとだった。今日はこっちで勤務らしい。びっくりする。
ホテルから空港へ。
朝の便は出なかった。昼の便まで時間があるので、周囲を散策。河津桜が咲いているところがあって、メジロが集まっている。シチトウメジロかもしれない。ただし冬季は渡りのメジロもいるらしく、普通のメジロかも。どちらなのかわからないので、ビジターセンターへ行く。シチトウメジロであってると思いますとの返事。くちばしが長くて太いらしい。ビデオを見せてもらったり、クロアシオキノタユウの羽に触らせてもらったりする。そして、オキノタユウの飛び方を教えてもらう。海面から垂直に飛び上がり、そして垂直に急降下する。で、あるのならば、昨日見たあの白い鳥は、きっとオキノタユウであっている。はるか遠い、人間の手の届きようのない、目も届きようのない場所で飛んでいたオキノタユウ。それは、「見た」うちに入らないのかもしれないけれど、わたしはいまはまだ、この距離感でいい、と思う。
人間の手もまなざしもまだ、この世界にいた、空を埋め尽くすほど飛んでいたというかれらをほとんど虐殺しつくしたこと、に触れてすらいない。本当に一握りのひとに、その虐殺の修復と回復を任せ、のんきに船に乗ってその姿を「見たい」と欲望するわたしには、まだこの距離でいい。
話が長くなるので端折るが、その日は一日、飛行機が出なかった。
3月4日
この日もコジュケイが朝鳴いている。飛行機がやっと出る。飛行機に郵便のマークがついている。弟の子供に出した手紙も、八丈島をわたしたちと一緒に出るらしい。東京へ着く。文フリ勢にしかわからない話をすると、「空港快速」という禁断のモノレールに乗った。羽田から浜松町、という逆走だけど。ドキドキした。
母が皇居を見たいというので連れていく。中上建次『日輪の翼』で、路地の若者ツヨシが、冷凍トレーラーに老婆たちを乗せて神宮、諏訪、皇居へと旅をする。わたしも老婆を連れて、皇居へやってきた、と思う。お堀にヨシガモが浮かんでいた。
皇居を眺めたら母はそれで満足したらしく、「もんじゃ焼きが食べたい」と言い出す。皇居近くの商業ビルに、奇跡的にもんじゃ焼き店があり、そこでもんじゃ焼きを食べさせて、新幹線に乗った。近鉄。帰宅。

